お気に入りのピアス

Posted by non07 on 10月 13, 2013
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ピアスを20歳の頃に空けたのですが、それ以来ピアスを集めるのが趣味になっています!すぐに失くしてしまうので、なるべく安くてかわいいものを集めています(笑)
最近買ったのはこのかわいいピアス!めずらしくシルバーをチョイスしています。

少し前までは、シンプルな粒になっている形が好きだったのですが最近はこういったぶら下がりタイプの形が好きですね。それに、こういったタイプだと耳が蒸れないんですよね。
どうも金属のせいなのか形のせいなのかはわからないのですが、一粒タイプのピアスをすると耳が荒れてしまうんです。膿が出てしまってぐちゃぐちゃ状態。

その金属ピアスから透明のプラスチックピアスに変えるとしばらくすれば治るんですけどね。ひどいときは、金属ピアスからプラスチックピアスに変えるのさえとっても大変!膿が固まってピアスと一体化しちゃってたりするのです。

痛くはないんですけど、膿が剥がれる感じがどうも気持ち悪くて・・・。そういう経験もあって、今はもっぱらぶらさがりタイプを愛用しています。このタイプならまったく荒れることがないので安心です。
揺れる感じが女性らしいですし、必ずかわいいとほめられるのでお気に入りです(*^_^*)

お得感ある~

Posted by non07 on 10月 10, 2013
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大好きなピアスに新入りがやってきました~!!私の大好きなピンクゴールドのピアスたちです。かわいいでしょ?一目見て即決してしまいました(*^_^*)

しかもこのピアス、これ全部セットで315円なのです!とってもお買い得だと思いませんか?吉祥寺のアーケードにある315円均一の雑貨屋さんで購入しました♪
そこの雑貨屋さんは、私好みの雑貨が沢山あってとってもお気に入りなのです。店舗は小さいですが池袋にも確かあったと思います。

アクセサリーはもちろん、シュシュなどのヘアグッズ、バッグやスカーフまで売っていました。こんなに安いのにもかかわらず、きちんと使えるしゆるふわな感じでかわいいのです。

ピンクゴールドのアクセサリーは肌なじみが良くて一番好きな色です。私の持っているアクセサリーのほとんどはこの色かもしれませんね。その次に好きなのはゴールドです。昔はシルバーが好きだったんですが、ゴールド系のほうが上品に見えるんですよね。

なので最近はもっぱらゴールド系が多いかもしれません!ピアスとネックレスとリングと・・・色が揃っていた方がなんだかしっくりとくる気もしますしね。このピアスはどんな服装にも合うのでとても活躍してくれていますよ(^^)/

地震

Posted by non07 on 10月 02, 2013
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日本各地で起きている「地震」。
ここ1年間の地震件数は異常ですよね。
何か大きな事が起きる前の前兆なのかと不安になります。
数年前から「東海地震が来るぞ!」と噂されていましたが、結局の所全く予想もしてなかった「福島」に予想外の大地震が来ました。
あの悲劇の光景は今も忘れられません。
地震だけなら良かったものの、津波に原発事故まで起きてしまって。
何の準備もしてなかった、何の予測もしてなかった地元の人たちは本当に辛かった事でしょう。
しかし聞く所によると、津波のあった地域は昔から津波の被災地として有名なところで、家を建ててはいけない危険区域だったそうです。
でも漁師や漁で生計をたてる海の人たちは、海辺へ海辺へと居住地を移し「便利」を求めたのです。そして危険を顧みず、海辺に住み始めた。
始めは「ここは津波が多い土地だから気をつけるように」と語られた事を気をつけながら生活していた彼らにも子どもが出来、孫が出来、津波の危険地域だと言う事も「迷信」くらいにしか思われなくなった結果、それがどれほど恐ろしいものか知らずに危険な海辺で育ってきたのです。
お年寄り達は経験がありますから、津波の恐ろしさを知っていた。だからいち早く非難したり、非難する場所を日頃からシミュレーションしていたために逃げ場が分かっていたから助かったそうだが、そんなこと知らなかったとか、まさかと思っていた(軽はずみに受けていた)若者達はそれを知らずに軽視してしまって多くが命を失ったと聞きました。
昔からそういう地域だったのにタブーを破ってそこに住んでしまった人間のエゴが多くの悲しみを生む事にもつながっていたのです。
自然の力には勝てない。
自然との共存とは、どこまで可能なのか。考えさせられました。
これから日本が抱える地震問題。
予測がつかないから不安ではありますが、危険を回避出来る様な土地に移住するのも一つの手ですよね。どこにいても危険性は同じかもしれませんが、どこに居てもシミュレーションはかかさずに、自分の命は自分で守らないといけない時代ですね。
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震災から1年、当時を振り返る

Posted by non07 on 10月 02, 2013
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2011年3月11日。それは日本人にとって決して忘れられない日となった。あの日、東京にいた私は用事があって銀行に行き窓口での順番を待っていた。
その時、大きく長い揺れにお客さんだけでなく行員の女性たちも平静ではいられなかった。女性たちの上司らしき男性が、動かないようにと指示をしていた。
平日の昼間ということもあって、子どもを連れた主婦の姿もあったが幼き故に何が起こっているのかわからないのか決して泣き出すことはなかった。
揺れが一旦終息したものの、吐き気が止まらず順番を待つことを止めて家路についた私は、とにかく家に帰らなければという思いだけが支配していた。
自宅の側まで帰ったものの、揺れは断続的に続き思わず塀にしがみついていた。当時引っ越して1ヶ月だったそのマンションの管理人さんとそこで初めて出会い、会話を交わした。何を話したかは覚えていないが。
テレビを付けると、時間が経つにつれて被災地の惨状が映し出され、街を飲み込んだ津波の映像も繰り返し流された。この映像が後に多くのPTSD患者を生み出すことになろうとは、伝えるべき側のマスコミは果たして思いを巡らせただろうか。
地震直後は電話もつながらず、メールもできない。実家の両親や兄弟、友達からも多数連絡があったことに気付くのは1日が過ぎてからだった。
そしてしばらくはスーパーやコンビニでも水や食料などの物不足が起こったことは記憶に新しいだろう。深夜遅くまでコンビニやスーパーを巡り物資を確保している家族の姿もよく見かけた。さすがに人数動員ができる家族世帯はこういう時に力を発揮する。
あまり子供を遅くまで連れまわすのもどうかと思ったが、あの異常な状況下では致し方ないことだったのだろうと今にして思う。
3月11日には震災関連の慰霊祭など各地で執り行われるのだろう。テレビも震災関連の報道を長時間流す予定だそうだ。テレ朝に至っては14時間とか。亡くなった方への鎮魂を願うのはともかく、地震当時のようにマスコミの報道が震災関連番組一色になるのもどうなのかとは思う。
あれから1年。マスコミの対応も多数批判された、それが教訓となっていれば良いのだが。